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スパークリングワインにとって重要なものは何か。よいテロワールとよいブドウ、というのはすべてのワインにとって共通の前提だ。リグーリア東部レヴァントの海岸地区で育つ土着品種ビアンケッタ・ジェノヴェーゼ、ヴェルメンティーノ、シミシャ等のワインを造るべく1978年に創業されたBissonは、この地のテロワールとブドウのポテンシャルの高さを証明するスティルワインを既に世に送り出していた。スパークリングワインの場合、それに加えて熟成プロセスが問われねばならない。上質なスパークリングワインの魅力は、瓶内に閉じ込められたワインと酵母が生み出す魔法から生まれる。

その魔法を長年独り占めしてきたのはシャンパーニュだった。彼らが誇る地下熟成庫。古代から中世に掘り進められた白亜の石切り場跡。迷路のような空間の環境が、魔法の源だった。そこでは一年を通じて低温と高い湿度が保たれる。瓶内環境は外界から実質的に遮断され、ワインは酸化せず、ゆっくりと酵母のうま味を取り込み、あの優美にして官能的な香りと口中でとろけるような細かい気泡を生み出す。

泡の出るワインを造りだすのは簡単だ。世界じゅうどこにでも“泡”はある。ではそれらのワインは本当にシャンパーニュと同じレベルの品質に到達していると言えるのか。否と思う人が多いから、いまだにシャンパーニュは唯一無二のステータスを保持し続けているのではないのか。

しかし前記の特徴はシャンパーニュでしかありえない現象なのか。シャンパーニュのセラーを見る誰もが、このような施設は二度と造ることができないと打ちのめされ、疑問と思考以前に諦念が先立つ。だがBissonの創業者Pierluigi Luganoは発想を転換した。もともと美術史の教師だった彼は、海底に沈む古代の難破船から引き揚げられたアンフォラの中にワインが残っていることがあると知っていた。外界の空気に触れることなく通年の低温でワインが熟成できる場所。それは海の中だった。

現実化には困難が伴った。海底は誰の所有物でもない。瓶が破損などしたら海洋生態系に被害を及ぼす。各方面から認可を取り付けるために根気強い説得と証明が必要だった。だがPierluigiは信念をもって立ち向かい、夢を実現した。

リグーリア沖、深度60メートル。水温は一定して15度。瓶内二次発酵によって得られた内圧と同じ水圧がかかり、瓶内の炭酸ガスは外に漏れ出ることがなく、漏出分のガスと交換される酸素もない。さらに海水のゆるやかな動きがワインに酸化とは異なる特別の熟成をもたらす。ボルドーのサンテステーフ二級、シャトー・コス・デストゥールネルの有名な逸話をご存知の方もいるだろう。19世紀初頭、インドに船で送られたワインが売れ残り、それをボルドーまで持ち帰って飲んでみたら、シャトーで熟成させたワインよりおいしかったという話だ。我々が水に浮かんでいる時に感じる、深い瞑想へと導くあの心地よい水の動きのリズムを、ワインもまた感じるのだ。

2010年6月30日に引き上げられた最初のボトルは、世に出るなり衝撃を与えた。それは今まで誰も経験することのなかったビビッドな生命力とたおやかな熟成を両立したスパークリングワインだった。

重要なのは、これが酔狂なアイデアの遊びではなく、海中熟成が自己目的化していないことだ。海中熟成がそんなによいなら、どのワインでもそうすればいいという話になる。もちろん話はそんなに単純ではない。ある内陸産地のワインを遠く離れた海中で熟成させたものを飲んだことがあるが、違和感があった。密閉されているとはいえ不思議と海の塩っぽい風味がある。海から数百キロも離れた場所ではそんな味がするわけもないのだ。さらに味わいが陰気で、ワインが海中を拒んでいるように思えた。同時比較した通常熟成のワインのほうがずっと自然だった。

しかしBissonの原料ブドウはリグーリアの海沿いで、海を見て、海風を受けて育つ。ブドウはもとより海の味がする。リグーリアの澄んだ海はテロワールの一部なのだ。だから海中熟成はレヴァント海岸のテロワールを強化する形で働く。上質なワインにとって最も大切な“その土地らしさ”がたっぷりと感じられるからこそ、一連のAbissiシリーズのスプマンテがかくも高く評価されるのである。